アスペルガー大学生

略歴:1999年生まれ。北海道出身。東京に住んでいたこともある。中学校2年生のときに自閉スペクトラム症(ASD)、社交不安障害(SAD)と診断される。2022年現在診断名はアスペルガー症候群(ASD)のみであり、スキゾイドパーソナリティ障害の可能性もあると考えている。小学生時代に2度の引っ越しと両親の離婚を経験している。一年の自宅浪人を経て北海道大学に入学する。2018年2月28日からアマゾンkindleに電子書籍配信。Twitter:@ShotaroKindle

発達障害と優生学

最近通学中にフリー百科事典『Wikipedia』を読むことにはまっています。「優生学」のページを読んでいたところ、発達障害に関連する興味深い内容があったのでツイートしました。

 

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人の優劣は定義できない

 

  • 何が劣っていて、何が劣っていないかに関する科学的なコンセンサスは存在しないし、それは社会または個人の選択を超えた問題である。
  • ある条件において劣っていると見なされるものは、別の条件では劣っているとは言えない。例えばマラリア病原虫結核菌に対する抵抗を示す遺伝子は、ヘテロ接合型である場合には病気に対する抵抗性を持つ働きをするが、ホモ接合型である場合には鎌状赤血球症テイ=サックス病を引き起こすという事例がそうである。
  • 障害を抱えながら成功する人は少なくない。
  • ニコチン酸欠乏症ハンセン病など、初期の優生学が遺伝として見なした症状の多くは、現在では完全または部分的に遺伝以外の原因で起こることが判明している。 出典:優生学 - Wikipedia

 

優生学というとナチスのイメージが強く、現実味のなさからあまり興味を持っていませんでした。でも「社会にとって障害者とは?」を考えるという点で「優生学」の歴史を学んでみるのもいいな~と気づかされました。

 

 

 

 

まとめ

  • 「優生思想はナチス!あり得ない考えだ!」という考えは間違っている。
  •  優生思想は単なる差別とは異なり、悪意があるわけではない。
  • 「個人が選択すること」と「社会に属する者としての正しい選択」は異なる。
  •  差別するつもりはなくとも、一歩間違えると優生思想になってしまう。
  • 何が劣っていて何が劣っていないかは分からなくて当然である。
  • 個人的選択として「障害者を産みたくない」があっても、他人に「障害者は産むな」という考えをおしつけてはならない。
  • 優生思想はいつ起こってもおかしくない。

 

「内なる優生思想」は誰にでも存在する。だが、「優生思想は正しい」と考えている人にはこう問いたい。

 

「あなたが『優生思想の下で生き残る人間』である根拠は何ですか?」

 

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 「何で電子書籍を出したのか?」「出してみてどうだったか」などについてはまたの機会に紹介したいと思います。